藤良食堂/札幌
豚汁定食\650 ★★★
お昼時,お店の前を通りかかる.
古びた昭和レトロな大衆食堂だ.
暖簾の上にはメニューが掲げられている.
カレーライス,ラーメンの文字が・・・.
このお店で食べずしてどこで食べろというのか.
期待を込めて,即暖簾をくぐった.
入口の引戸を開けると,カウンターだけの薄暗い店内には,経営者のお婆ちゃんがただ一人僕を待っていた.
先客は誰もいない.
がらんとした裏わびれたカウンターの奥に席を取る.
婆「時間ありますか.」
僕「ええ,まあ.」
婆「まだ,ごはんが炊けてないんです.」
僕「いいですよ.ラーメンが食べたいんです.」
婆(少し困ったように)「もう,ラーメンはやめたんです.今は定食だけ.」
そう言いながらお婆ちゃんが指さす先を見ると,黒板に書かれた定食メニューが並んでいた.
内心落胆したが,気を利取り直して勧められるままに豚汁定食を注文.
婆「ごはんが炊けるまでに豚汁作るからね.テレビ見るかい?」
僕「ええ.」
お婆ちゃんは,古いテレビのスイッチを入れると,おもむろに冷蔵庫を開けて材料を取り出しにかかった.
どうやら,一から豚汁を作るようだ.
お婆ちゃんは,鍋を出したり,材料を刻んだり調理に取りかかった.
ゆっくりとした動作だ.
思ったよりも早く豚汁は完成した.
炊きたてのごはんを丼に盛ってくれた.
婆「野菜をいっぱい入れておいたからね.」
野菜のたくさん入った豚汁も,炊きたての御飯も旨かった.
食事を終えると,お婆ちゃんは言った.
婆「コーヒー飲むかい.サービスするから・・・.」
僕「いいえ,いつも会社で飲み過ぎてますから・・・.」
婆「そうかい.今の若い人はコーヒーよく飲むからね.うちの息子も会社勤めなんだけど,コーヒー持ち込んでいるんですよ.」
僕「そうですか.お店はいつからされているんですか.」
婆「今年で43年目.昭和39年から.」
僕「お元気ですねえ.」
婆「いやいや・・・.」
こうしてしばらくお婆ちゃんと世間話をした後,店を出た.
かくして僕は,昭和レトロな昔ながらの味に違いないラーメンやカレーライスがまたもや消え去ったことを知ったのだ.
おそらく,このお昼の客は僕一人であったに違いない.
僕が店を出るまでの間,ついぞ誰一人客は現れなかったのだ.
ご高齢のお婆ちゃんが,未知数のお客のために,あらかじめカレーライスやラーメンを準備するには無理がある.
定食だけになってしまったのもやむを得ないのだろう.
このお店のラーメンは幻と化したが,古き良き時代の一こまに触れることができた.
身も心も暖まる秋の楽しい一時だった.
(2007/10)
藤良(ふじよし)食堂
札幌市中央区南6条西20丁目 東向き
創業1964年(昭和39年).
円山にある大衆食堂だ.
店構え,店内とも昭和レトロそのもの.
定食メニューは,焼き魚定食等約20種類がある.
店の壁に残っている短冊メニューを見る限り,昔は一般的な大衆食堂だったのだろう.
経営者のお婆ちゃんの話やお店の状態を見る限り,そう遠くない将来,このお店も消え去っていくに違いない.
おばあちゃんには,何時までもお元気でお店を続けて欲しいと願うばかりだ.
(2007/10)